エヴァンゲリオン

tameike.net

<4月4日>(日)

〇この2日間で、「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」の序・破・Qの3本をアマゾン・プライムで一気見する。
いやー、まったくの初心者なので、「なんじゃそのA・T・フィールドというやつは?」「人類ホカン計
画というのは、補完かな、保管かな?」などとブツブツ言いながら見ていたのであるが、これが結構楽し
い。というか、日本のアニメの歴史における正当な伝統を受け継ぐシリーズなのでありますな。

〇世界が半分死滅した後の世界、という意味では『機動戦士ガンダム』ですし、破壊の姿は『AKIRA』だ
し、ところどころ精神構造は『宇宙戦艦ヤマト』だし、使徒が襲ってくる状況は『ウルトラマン』だし、
主人公シンジと父ゲンドウの関係は『巨人の星』みたいだし、要はみんな勝手知ってる世界なのである。
プラグスーツの中が液体になっている(LCLと呼ぶらしい)は、『謎の円盤UFO』から得たアイデアでは
なかろうか。

〇とにかく『エヴァ』に関しては、上海馬券王先生がいろいろ書いているのを通して知るだけだったの
で、今までこれを知らずに過ごしてきたことが恥ずかしく感じられる。さて、「シン・エヴァ」を見たも
のかどうか。これは会社を休もうかのう。


http://tameike.net/writing/shanghai.htm

3月28日(日) 高松宮記念

えー、桜花賞まであと二週間もあるというのに、現在福岡では桜がピークを過ぎ散り始めている状況なの
であります。フェブラリーSの時の花粉前線同様、桜前線と言うものもあるんですな。いや理屈じゃわ
かってはいたんですが、こういうのを目の当たりにするとなんか不思議な気持ちになります。

で、そんな中、見てきたのですよ、エヴァンゲリオンシリーズの最新作にして最終作、「シン・エヴァ
ゲリオン」。

新世紀エヴァンゲリオン」が初めてTVでオンエアされたのが1995年、もう四半世紀前の時間が経過し
たんですなあ。この作品、「巨大ロボットもの」というカテゴリーではあるんですが、それまでのジャン
ルのお約束、定跡系を徹底的に破壊しつくす本当に革命的な作品でした。操縦者の統制を離れ暴走を繰り
返す巨大ロボ・エヴァンゲリオンはロボットと言うよりは巨大生物と言った方がしっくりくる画期的な概
念だったし、メンタルに闇とか欠落とかを抱えながら魅力的な光彩を放つ登場人物たちのキャラクター設
定もまたこれまでのアニメ作品にはない斬新さがあったし、そして何より、「死海文書」だとか「ロンギ
ヌスの槍」だとか聖書から引用された謎・伏線がありとあらゆるところに散りばめられてて、深読みしよ
うと思えばどこまでも深読み可能な物語構造が当時のオタクたちから熱狂的な支持を受けていたわけなの
であります。

ところが。。。。

終盤、この作品は見るも無残に破綻します。絵は下書きのラフスケッチみたいな投げやりなものになる
し、悩める主人公は、当時はやっていた洗脳サークルみたいな乗りで救済を得てしまう。「なんじゃあ、
これは!」と、皆のけぞったのであります。作者の庵野秀明が自分で広げた風呂敷をたたむことができ
ず、いきなりすべてを投げ出して逐電したらしいことは、何となく察しは着いたのですが、これだけの崩
壊、これだけの破綻ぶりと言うのもまた前代未聞だったわけで、本当に何から何まで革命的な作品だった
のだ、「新世紀エヴァンゲリオン」と言うのは。

で、時は流れて2007年、「きっちり落とし前をつける」と宣言した庵野秀明は、「劇場版エヴァンゲリ
オン」シリーズの制作に取り掛かります。世紀が変わったから「新世紀」は外して単なる「エヴァンゲリ
オン」としたのだとか。

2007年第一作「序」、2009年に第二作「破」を発表。でもこれはTVシリーズのリメークで、「落とし前
をつけるとか言いながら、結局同じネタでもう一度商売してるんじゃねえか」などと言う意地の悪い感想
を抱いたのは私だけではあるまい。

2012年第三作「Q」発表、これでようやく物語は新たな局面=広げた風呂敷をたたむ方向に動き始めたの
ですが、それからまたしても長い時が流れ、そして2021年の今、ようやく最新作にして最終作「シン・
エヴァンゲリオン」が発表されたと言う訳だ。ずいぶん長い前置きになったけど、この作品と長く付き合
い、作品に対し愛憎こもごもな感情を抱く私が、これは意地でも見なきゃならんと映画館に出かけた事情
を語る際、上記の前置きはどうしても必要なのであります。

で、見た感想なんですが。。。

うん、確かに登場人物たちがメンタルに抱えた闇とか欠落とかをそのままに、何とか自分たちの居場所を
見出したところを見ると、これで本当に作品が終結したんだなというのは分かったのですが、25年前に
提示された「謎」や「伏線」に関しては言及はあるけど「回収」には程遠いねえ。っていうか、お話のつ
じつまはあちこちで合ってないし、はっきり言って破綻しまくり。結局庵野秀明が、この作品で何が言い
たいかってのがさっぱりわからない。分からないのはおそらく私だけでなくて、他ならぬ庵野秀明自身、
理路整然とした説明はできないのではないだろうか。(さらに言えば、こういう作品が出るたびにしゃ
しゃり出てくるユリイカ系文化人のポストモダン的な解釈と言うのは、絶対に実態から程遠いと思う
ぞ。)

でもねえ、面白いんだ。面白いんだよ、これが。畜生、一体何なんだろう、意味がさっぱり分からないの
に、やたら面白いと感動に打ち震える今の私の感情は。暴走する高カロリーの情念をそのまま画面にたた
きつけて、こういう説明不能な感動を呼び起こすなんて、やはり庵野秀明はとんでもない才能だというの
はよくわかりました。

でも、腑に落ちないのは、じゃあ同じ人間が作った「シン・ゴジラ」は何だったのだろうということ
で。。。あの作品の脚本は日本の権力機構における意思決定のグダグダぶりを、この上なく理路整然と描
き切ったとんでもなく精緻で知的なものだったじゃないですか。「シン・ゴジラ」の最後で長々と出てく
るクレジットで脚本として表示されたのは庵野秀明ただ一人、あの作品のあのシナリオは彼が書き上げた
ということになるんだけど、エヴァンゲリオンみたいな作品を作る人になぜあんな脚本が書けるのだろ
う。本当に見れば見るほど得体のしれない表現者だよねえ、彼は。

で、「シン・ゴジラ」、「シン・エヴァンゲリオン」に続き、庵野秀明が脚本を担当する「シン・ウルト
ラマン」が現在実写映画として制作中なんだとか。庵野秀明のことだから公開ははやくて数年後かと思っ
たら、なんと最終稿を脱稿済みで今年夏の公開は間違いないんですと。ううむ、非常に楽しみな反面、怖
い気もします。