ため池通信

tameike.net

<12月7日>(月)

〇今年の経済財政白書は11月に公表されたのですね。その昔、「経済白書」と
いえば夏の季語として歳時記に登録されたそうですが。今年の場合は春先がコ
ロナで大騒ぎだったので、「せめて4-6月期のGDPを見てから書きたい」という
ことで、大幅に遅れて誕生したそうです。

〇ということで、7-9月期GDPは反映されていないわけですが、特に第1章「感
染症流行下の我が国経済の動向」は値打ちがあると思います。コロナに対する
わが国初の官庁エコノミストによる分析なわけですからね。

〇ところで白書を書く人たちは、「本当に言いたいことは本文ではなく、囲み
記事(コラム)で書く」「特に神経を使うことはフットノートで書く」という
習性があります。覚えておいて損はないですよ。そういう意味では、この第1
章のコラム「感染症対策と経済活動の両立」は興味深いものがあります。


緊急事態宣言期には、経済社会活動が大幅に制限されて外出者数は減少し、感
染者数は減少した。ただ、外出の抑制によって感染者数が減少したかどうかは
検証が必要である。そこで、2020年2月15日から9月1日のデータを5月31日まで
の期間とその後の期間における、外出の程度を示すGoogle mobility index
(小売・娯楽施設)と新規感染者数の関係について、グレンジャーの因果性検
定を行った。統計的に有意だと確認できるのは、2月15日から5月31日の間にお
いて、新規感染者数の増加/減少は、外出率を低下/上昇させるという点だけ
である(10)。

確かに、流行の初期には、強制的な感染予防策を講じなければ死亡者数が急増
するとの見方が専門家から示されたこともあり、諸外国のような強制力はない
ものの、緊急事態宣言もあり、多くの者が外出を控える選択をした(11)。結果
的には、これまでのところ、年初来の人口10万人対比でみた死亡率は1.2%程
度と、欧米諸国の数十分の1に抑えられている(12)(コラム図1-1)。なお、
海外の研究では、移動制限やロックダウンといった公衆衛生政策が死亡率で測
った感染症拡大を防ぐのに効果的だったという分析がある一方、感染症の自律
的な収束パターンがみられることから、ロックダウンの効果は過大評価されて
いるという分析もある(13)。

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(10) 全国の新規感染者数(10万人比)とGoogleのモビリティインデックス
(1月3日~2月6日の小売・娯楽施設における外出者数を基準とした変化率、%)
を用いた。期間は2月15日から9月1日の日次データで、第1期(2月15日から5月
31日)と第2期(6月1日から9月1日)に分けて使用した。また、分析において
は、緊急事態宣言下であるかどうかを示すダミー変数と、休祝日を示すダミー
変数も用いた。因果関係(グレンジャー検定)の結果は、第1期では、新規感
染者数からモビリティインデックスに向けた関係だけが有意となったが、第2
期では両者に関係性は見られなかった。VAR分析によると、新規感染者数の変
化からモビリティインデックスの変化に向けた関係は、第1期では有意となっ
た。つまり、第1期では、新規感染者数が増加すると、外出率が低下していた
ということになる(付注1-1)。

(11) 令和2年4月15日に、厚生労働省新型コロナクラスター対策班の西浦博
教授らの記者会見において、「人と人の接触を8割減らさないと、日本で約42
万人が新型コロナウイルスで死亡」と発表している。この発表は、政府による
公式見解ではないものの、専門知を有する者によって示されたものである。

(12) WHO ”Coronavirus Disease(COVID-2019)Situation Reports”より
作成。令和2年8月27日時点。

(13) 移動規制に効果があったとする指摘は、Korevaar, et. al.(2020)や 
Glaeser, Gorback, and Redding(2020)を参照。他方、公衆衛生政策を過大
評価しているのではないかという指摘は、Atkeson, Kopecky, and Zha(2020)
を参照。


〇わざと難しい言い方をしていますが、要するに「統計的に見ると、外出を減
らしたから感染者数が減ったというエビデンスはない」と言っておるのです。
しかも脚注の(11)では、さりげなく「8割おじさん」がディスられていたり
して面白いでしょ? 政府が出す文書って、こういう見方をすると意外と楽し
めるという好例です。

〇このコラムはさらにこんなことを言って締めている。


さきの緊急事態宣言は、実施された4、5月を含む四半期データが示唆するとこ
ろによると、消費だけで、約7.6兆円(第1-1-11図、年額換算で31兆円、平
年対比で10%程度)に上るコストを伴っている。欧米諸国では、厳しい活動制
限を導入しても、感染症による死亡者数が年間死亡者数の1割近くに達してし
まった国もある。元々、我々は新型コロナウイルス感染症のリスクだけでなく、
様々な死亡リスクに直面している。例えば、インフルエンザは例年約1,000万
人前後の患者が発生しており、1日当たりの死亡者数は、感染者数がピークと
なる1、2月には47人程度、年間の死亡率(人口10万対)は2.9程度である(14)。
新型コロナウイルス感染症については、日常の感染症対策(手洗い・マスク・
うがい等の実践や三密を避ける行動)を徹底することで感染拡大の防止を図る
ことが可能であることを踏まえると、過度に経済活動を規制することなく、流
行を防止できるのではないかとも考えられる。

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(14) さらに、厚生労働省(2020)によると、2019年の死因別死亡率(人口
10万対)は、交通事故が3.5、溺死が6.2、窒息が6.5、転倒・転落・墜落が7.7、
自殺が15.7である。


〇経済の専門家が、医療の専門家をどんなふうに見ていたかがご理解いただけ
るんじゃないかと思います。