ため池通信

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<3月10日>(火)

〇週明け9日のNY株式市場は大暴落。ダウ平均は2013ドルの下げを演じました。下げ幅では史上最悪、
下落率は7.79%で、リーマンショック後の2008年10月15日以来の大きさでした。NY証券取引所はサー
キットブレーカーを発動し、株式の売買は15分間中断されました。

〇本日朝の朝刊では、そろって「新型コロナウイルス感染拡大で景気後退への懸念から」と説明されて
いる。それ自体は自然な流れでしょう。ただし、今回はどうやら原油価格急落による売りですね。コロ
ナが原因だったのは先週までで、今週は3月6日(金)のOPECプラス会合で、産油国の交渉が決裂したこ
とがトリガーを引いたと考えます。

〇なにしろWTI価格が、一時1バレル27ドル台を付けたとあっては尋常じゃありません。年初には60ドル
を超えていた原油が半値以下になったのですから。新型コロナウイルスの感染拡大で、原油の需要が低
下するのはやむを得ないこと。問題は産油国の協調減産ができないどころか、増産に向かうようになっ
たことです。

〇サウジは当初、OPEC非加盟国であるロシアに対し、1日150万バレルの減産に参加するように要請しま
した。ロシアはこれを拒否。それどころか既存の減産合意の延長もできず、こちらは3月末に失効するの
で、4月1日からは各国が好きなだけ生産できるようになった。とはいえ、増産余力があるのはサウジと
ロシア、後はUAEくらいなので、ここから先はサウジとロシアの意地の張り合いということになる。

〇ここでハッと気が付くのは、MbSことムハンマド・ビン・サルマン皇太子と、ウラジミール・プーチン
大統領という2大権力者は、どちらもあとに引けない立場なのですね。MbSは昨年12月、虎の子の国営石
油会社アラムコを国内で上場し、次は海外でも上場させて、改革に必要なキャッシュを得ようとしてい
る。ところが油価の値下がりにより、現在の株価は公募価格を割り込んでいる。ここまで来たら、「ア
ラブの盟主」なんてことは言ってられない。価格競争、受けて立とうじゃないか、ということになる。

〇ロシアも困っている。ちょうどプーチンは、みずからの退任後のフリーハンドを得るべく、憲法改正
を提案している。4月22日に国民投票を実施し、5月9日には対独戦勝75周年記念をモスクワで派手に祝
う。後はインフラ整備にカンガン金を使ってロシア経済を浮揚させ、円滑な権力交代と優雅な退任生活
に思いをはせていたところである。そこへ降ってわいてきたのがコロナウイルスで、原油も急落では踏
んだり蹴ったりと言ったところ。ちなみにロシアの予算は、1バレル60ドルを前提条件にして組み立てら
れている。

(安倍さんはこの5月9日にモスクワへのご招待を受けている。おそらく強烈なお誘いなのであろうけ
ど、元敗戦国の代表がどの面下げて行きますかねえ。賭けてもいいけど、領土問題の前進はないはずで
ある)

〇ところでロシアやサウジ以上に、石油下落でアメリカ経済がひどい目に合うのじゃないか、むしろこ
れは産油国が「油価戦争」を仕掛けているのではないか、という観測もある。なんとなれば、今や世界
最大の産油国はアメリカだ。そしてシェール企業は規模が小さく、経営体力が脆弱なので、価格競争に
ついてこれないのではないか、というのである。

〇前回、2016年の石油下落局面では、シェール企業は意外なしぶとさを発揮して生き残った。むしろ痛
い目に遭ったのは、安値攻勢をかけたサウジ側であった。シェール企業は開発済みの井戸をそのまま放
置しておいて、値段が上がって採算が取れるときだけ採掘する、といったゲリラ戦を展開した。この辺
がいかにもアメリカ企業である。開発の手法もどんどんイノベーションが進み、予想を超えた安値でも
対応ができたのである。

〇もうひとつ、彼らにはハイイールド債という武器があった。そこはアメリカの金融市場、ちゃんと危
ない企業にリスクマネーを提供する仕組みが存在するのである。ちなみにこのハイイールド債、昔は
ジャンクボンドと呼ばれていた。物は言いよう、途上国を「エマージング(新興国)」と呼び換えたの
と同じですな。

〇心配なのは、このハイイールド債市場がどう見てもバブルになっていることだ。こういう格付けの低
い社債をパッケージにして、高金利で売るCLO(ローン担保証券)なんていう金融商品も出てきた。こ
れってどう見ても昔、サブプライムローンを世界中の投資家に売りつけたCDO(債務担保証券)とどこが
違うの?と聞くと、イヤーな沈黙が広がるようになっている。

〇リーマンショックも遠くなりにけり。何しろ2008年と言えば、ひと回り前の子年でありますからな。
みんな忘れちゃっているんですよ。ちなみにグーグル検索で「CLO」と入れてみてください。ついでに日
本の銀行の名前が2つ出てきます。そこはCLOをいっぱい買ってしまっている、ということでしょう。長
引く低金利は、リスクを取っちゃいけない人にリスクを取らせてしまっているのではないでしょうか。

〇ハイイールド債市場の約15%はエネルギー関連銘柄だと言われている。石油価格の下落は、「第2のサ
ブプライム問題」を招きかねないことには注意が必要だ。これが当面、最悪のシナリオでありましょ
う。ここまでくると、「リーマンショック並み」という言葉が現実味を帯びてくる。さて、明日はどう
なるのでしょう。