村上春樹的みずほ銀行 | ログ速@2ちゃんねる(net)

185 :みずぽの終わりとプログラマ・ワンダーランド 27 :02/06/15 02:28

「やれやれ」と私は言った。 
「本当に何も打つ手はないのですか?あなたの計算ではいまの状況はどのあたり 
まで進行しているのですか?」 

「みずぽのシステムの状況のことですかな?」と博士は言った。 

「もちろんです」と私は言った。他にいったいどんな状況があるというのだ。 
「みずぽのシステムはどのあたりまで壊滅しているんですか?」 

「私の試算によれば、青みずぽのシステムは既に、だいたい6時間ほど前に、 
溶解しておるでしょう。この溶解というのはもちろん便宜上の用語であって 
実際にシステムの一部が溶けておるということではなく、つまりーーー」 

「リレーコンピュータがハングアップして、青みずぽのシステムが孤立した 
わけですね?」 

「そういうことです。だからさっきも申し上げたように、みずぽファイナンシャル 
グループの中で既に補整ブリッジングが始まっておるのです。 
仮払いというやつです。要するに勘定が再生産されはじめておるのですな。 
比喩を使わせていただけるならば、みずぽ象工場の様式の変化に合わせて、 
旧3行のあいだをつなぐパイプが補整されておるのです」 

「ということは」と私は言った。 
「コー銀もきちんとは機能していないということなのですか? 
つまりコー銀の勘定は不突合を起こしているということでしょう?」 

「正確にはそうではないです」と博士は言った。 
「パイプはもともと存在しておるのです。いくら3つのシステムを並行して動かし 
続けるといっても、そのパイプまで遮断するわけにはいかん。 
というのはコーポレートバンクーーーつまりコー銀は、リテールバンクつまり 
赤青みずぽの養分を吸って成立しておるからです。 
そのパイプは樹木の根であり、アースでもあるわけです。それがないことには 
みずぽファイナンシャルグループは機能せんです。 
ところが赤青みずぽシステムの溶解によって起ったトラブルが 
そのパイプに正常ならざるショックを与えたですな。 
それでみずぽファイナンシャルグループがびっくりして補整作業を開始した 
というわけです」 

「そうすると、この勘定の新たなる生産はこれからもどんどんと続くわけですね?」 

「そうなりますな。仮払いというのは簡単に言えばデジャ・ヴュのようなものです。 
原理的にはあまり変らんです。そういうのが2400億円ぐらいにはなるでしょう。 
そしてそれはやがてみずぽファイナンシャルグループの再編へと向う」 
194 :みずぽの終わりとプログラマ・ワンダーランド 27 ・つづき :02/06/22 10:34

「みずぽフィナンシャルグループの再編?」 

「そうです。みずぽは今、別のシステムに移行する準備をしておるのです。だから 
あんたが今メンテしておるシステムもいつのまにかすこしずつ変化しておる。みずぽの 
システムというのはその程度のものです。業務改善命令ひとつでシステムが変化する 
ものなのです。システムはたしかにここにこうして実在しておる。しかし現象的な 
レベルで見れば、システムとは無限の可能性の一つにすぎんです。細かく言えば 
前田社長が足を右に出すか左に出すかでシステムは変ってしまう。金融庁の検査に 
よってシステムが変ってしまっても不思議はない」 

「それは詭弁のように聞こえますね」と私は言った。 
「あまりにも観念的にすぎる。あなたはスケジュールというものを無視している。 
そういうことが実際に問題となるのはタイム・パラドックスにおいてのみです」 

「これはある意味ではまさにタイム・パラドックスなのですよ」と博士は言った。 
金融庁の役人は業務改善命令を出すことによって、彼らの自己満足的なパラレル・ 
ワールドを作りたいんです」 

「とすると、僕のメンテしているこのシステムは本来のシステムからは少しずつずれて 
いるというわけですね?」 

「それは正確にはわからんし、誰に証明することもできんです。ただそういう可能性も 
ないではないということを私は言っておるですよ。もちろん私は、赤みずぽと青みずぽの 
ような極端なパラレル・ワールドのことを意味しておるわけではないです。あくまで 
それは認識上の問題です。認識によって捉えられるシステムの姿です。それはさまざまな 
面で変化しておるだろうと私は思いますな」 
195 :みずぽの終わりとプログラマ・ワンダーランド 27 ・つづき :02/06/22 10:36

「そしてその変化の後でカットオーバーが行われ、まるで別のシステムが現われ、僕は 
そこで再びデスマーチすることになるのですね?そしてその転換を僕は避けるわけには 
いかない、座してそれを待つだけだと」 

「そういうことです」 

「そのシステムはいつまで持ちこたえるんですか?」 

「いつまででも」と博士は言った。 

「わかりませんね」と私は言った。「何故いつまででもなんですか?開発期間が 
少なすぎるはずです。無茶なスケジュールだからテストなんてできない。 
テストしていないシステムでは必ずトラブルが起きる。そうじゃありませんか?」 

「それが違うのです。みずぽの工程表には時間という概念がないのです。それが 
みずぽの工程表とまともなシステム開発計画の違いですな。みずぽの工程表では 
一瞬のうちにすべてのコーディングができるつもりになっています。バグの無い 
プログラミングができることになっているんです。正常系のみのテストケースを 
設定してそこをぐるぐるとまわりつづければOKだと思っています。それがみずぽの 
工程表というものです。まともなシステム開発計画のように現実的な見積もりをする 
ということはない。それは百科事典棒に似ています」 
196 :みずぽの終わりとプログラマ・ワンダーランド 27 ・つづき :02/06/22 10:37

「百科事典棒?」 

「百科事典棒というのはどこかの科学者が考えついた理論の遊びです。百科事典を 
楊枝一本に刻みこめるという説のことですな。どうするかわかりますか?」 

「わかりませんね」 

「簡単です。情報を、つまり百科事典の文章をですな、全部数字に置きかえます。 
ひとつひとつの数字を二桁の数字にするんです。Aは0x41、Bは0x42、という 
具合です。0x20はブランク、同じように句点や読点も数字化します。そしてそれを 
並べたいちばん前に小数点を置きます。するととてつもなく長い小数点以下の数字が 
並びます。0.1732000631‥‥‥という具合ですな。次にその数字にぴたり相応した 
楊枝のポイントに刻みめを入れる。つまり0.50000‥‥‥に相応する部分は楊枝の 
ちょうどまん中、0.3333‥‥‥なら前から三分の一のポイントです。意味はおわかりに 
なりますな?」 

「わかります」 
197 :みずぽの終わりとプログラマ・ワンダーランド 27 ・つづき :02/06/22 10:38

「そうすればどんな長い情報でも楊枝のひとつのポイントに刻みこめてしまうのです。 
もちろんこれはあくまで理論上のことであって、現実にはそんなことは無理です。 
そこまで細かいポイントを刻みこむことは今の技術ではできません。しかしみずぽの 
工程表というものの性質を理解していただくことはできるでしょう。 
納期とは楊枝の長さのことです。中に詰めこむ工数は楊枝の長さとは関係ありません。 
人員を追加投入すればいくらでも多くできます。無限大に近づけることもできます。 
みずぽの余剰人員を全部投入すれば、ほぼ無限大です。終らないのです。わかりますか? 
問題はプロジェクトマネジメントにあるのです。現場やベンダーには何の関係もありません。 
それがFであろうがIであろうがあるいはHであろうが、何の関係もないのです。 
SEやPGたちの肉体が死滅して意識が消え朽ち果てても、みずぽの工程表はその一瞬前の 
ポイントをとらえて、それを永遠に分解していくのです。 
“人月の神話”に関する古いことわざを思いだして下さい。『狼人間を撃つ銀の弾はない』 
というあれですな。肉体の死は飛ぶ弾丸です。それはあなたの脳をめがけて一直線に 
飛んできます。それを避けることは誰にもできません。人はいつか必ず死ぬし、肉体は 
必ず滅びます。時間が弾丸を前に進めます。しかしですな、さっきも申し上げたように 
みずぽの工程表というものは時間をどこまでもどこまでも分解していきます。だから 
そのパラドックスが現実に成立してしまいます。銀の弾はいつか当たると信じられて 
いるのです。」 

「つまり」と私は言った。「デスマーチだ」 

「そうです。みずぽの工程表はデスマーチなのです。正確にはデスマーチでなくとも、 
限りなくデスマーチに近いのです。永遠の地獄です」